以前から気になっていたデッサンの本を購入し、一通り目を通したので現段階でのレビューをします。この本の真価は課題をこなしてこそ発揮されると思うので、課題に挑戦してから再レビューできたらと思っています。
レビュー
概要
この本の原著である「Keys to Drawing」は1985年に出版されました。 1990 年にペーパーバック版が出版され、その kindle 版は日本の Amazon でも買うことができます。
日本語版は 1991 年にエルテ出版から発売されました。そして、2018 年 1 月にマール社が出版した新装改訂版がこの本になります。こちらはまだ電子書籍化されていません。
ページ数は 224 ページで構成は 8 つの章にわかれています。各章は 6 から 9 つの節に分かれており、節の数は全部で 55 。これが日本語版タイトルである 55 の秘訣にあたります。章の最後にはまとめが設けられています。また、第 1 章から第 7 章までは各章 6 つずつ課題が示されており、その自己批評ページがそれぞれの章の最後にあります。
印刷は一色刷りです。著者や著者の生徒によるデッサン画がたくさん掲載されています。文章量も多く、読みごたえがあります。
第 1 章
第 1 章はデッサンが学習できる技術であること、観察に従って描くことが大切であることが述べられています。ここででてくる秘訣は全部で 9 つです。デッサンの間に心の中でする対話は批判的なものではなく実践的なものを、気をつける点を心の中でつぶやく、ときどき目は画題をみたまま描き続ける、間違っても古い線は消さずに新しい線を描く、知識より視覚をとる、見える通りに描くことで個性が生まれる、形を単純化する、大きな形から小さな形へ、興味深い領域に焦点を当てる、です。
第 2 章
第 2 章は筆跡についてです。まず 4 人の巨匠の作品で筆跡を勉強し、その後筆跡の種類、トーン、エッジと学んでいきます。また、画材についての話もあります。ここで出てくる秘訣は 7 つ。自由筆跡と制御筆跡を使い分ける、自由筆跡とはすばやいストロークで全体の動きをとらえるもの、制御筆跡は精密で丹念なもの、模写で筆跡を学ぶ、模倣で描き方を身につける、画材と技法を実験する、消す用具と素手も画材として使う、です。
第 3 章
第 3 章はプロポーションについて。鉛筆を計測器として画題を計測するコツが紹介されています。この章での秘訣は 7 つ。鉛筆を計測器として使う、中点を定める、垂直・水平の位置合わせ、ある部位を別の部位と比較する、短縮法、肖像画では計測は特に注意を払う、プロポーションの強調、です。
第 4 章
第 4 章は光と陰の描き方についてです。段階的に光の表現を知ることができます。8 つの秘訣は順に、明るい部分と暗い部分をマッピングする、l/s パターンを使って立体感を出す、やわらかいエッジとかたいエッジを描き分ける、光源とその特徴を明らかにする、雰囲気を強調する、トーンを比較対照する、陰影の形を結合する、光を構図に利用する、です。
第 5 章
第 5 章は奥行きについてです。奥行きの表現方法と遠近法の初歩が学べます。なお、建築関係の複雑な情景や遠近法の理論については専門書を当たるようにとのこと。第 5 章の秘訣は 5 つ、奥行きの 4 つの原理を用いる(重ねる、遠くのものを縮小する、平行線を収束させる、遠くのものはエッジとコントラストをやわらげる)、立体の基本構造を理解するために透明であるかのように描いてみる、対象の角度を計測する、アイレベルと消失点を定める、だ円形を描く練習をする、です。
第 6 章
第 6 章はテクスチャーの表現方法についてです。この章はハウツー型ではなく入り口を示すというスタンスです。これはこの本全体に言えることですが特にこの章ではその傾向が強いです。6 つの秘訣は、明示描法と暗示描法、ストロークを感じとる、変化をつけた繰り返し、テクスチャーの対比、テクスチャーの統合、距離によってストロークを変える、です。
第 7 章
第 7 章はパターンと構図についてです。形を利用して構図をつくる、パターンを感じとる、ファインダーを使って情景の周囲に境界線を定める、情景のトリミングを行う、一つの画面に相反する概念を包含する、接線に注意する、ことについて述べられています。
第 8 章
第 8 章は描くことと創造力についてで、この章の内容はデッサンにとどまらず、絵全般に言えることだと私は思いました。2 つ以上の異なったアイデアを組み合わせる、遊び心をもつ、見慣れたものを見慣れないものに変える、連作を描く、さまざまな原型の活用、テーマの探求が挙げられていました。
課題
課題はひとつ 1 分で終わらせるものから、1 時間半かけることを推奨しているものまで、全部で 42 個。計算してみたところすべて最短時間で終わらせたとしても 30 時間以上かかる内容でした。あくまで最短時間でです。ものによっては、朝、昼、夕と同じ画題を描くような 1 日がかりのものもあります。なお、人にモデルになってもらうものも多いです。デッサンを学ぼうとする人が何人か集まることができれば理想的だと思いますが、自分のようなぼっちはどうすればよいのかと……。
ともかく、課題がついていることはこの本の長所の1つです。同じように人気のあるデッサン技法書「決定版 脳の右側で描け」(原著「Drawing on the Right Side of the Brain」)はワークブックが別売りとなっています。
全体として
全体として、入門書とは言いながら、とても内容が濃い一冊だと思います。本文を一通り目を通すだけでもかなりの時間がかかりました。さらに課題をこなすとなると、たとえば週末に1つやってみるとなると1年近くかかる計算になります。
ところで、ここまでの各秘訣についてで気づかれたかもしれませんが、ところどころ日本語訳の意味が理解しがたいところがあります。たとえば秘訣2。本文では「刺激語」と訳されています。原著では「triggering words」となっています。こちらの方が内容を想像しやすいと思います。かといって原著の kindle 版の方がいいかというと、そうでもありません。kindle 版は単行本とレイアウトが異なります。見やすいのは断然単行本です。
以上、一通り目を通した段階でのレビューでした。入門書だけど実践的で、ほかにワークブックなどを買い足す必要がない、とても魅力的な一冊です。
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