水彩覚書:アースピグメントとベラスケスパレット

絵の具セットの中にアースカラーが複数入っており、疑問に思ったので調べてみました。調べているうちにベラスケスパレットと呼ばれる色の組み合わせを知ったので合わせて紹介します。

絵の具セットの中のアースカラー

絵の具を買おうと思ったときに、各メーカーが販売している12色や24色のセットはとても魅力的です。実際、わたしも最初は24色セットを買いました。ところで、私が買った Schmincke HORADAM の24色セットにはアースカラーが3色入っていました。イエローオーカー、イングリッシュベネチアンレッド、バーントシェンナの3つです。このうちイエローオーカーとイングリッシュベネチアンレッドは12色セットにも入っています。それでは、各メーカーの12色セットに入っているアースカラーはどのようなものがあるのでしょうか。

メーカーごとの12色セット中のアースカラー

メーカー名12色セット中のアースカラー
ホルベインバーント シェンナ、バーント アンバー
クサカベ バーントシェンナ、バーントアンバー
W & N バーントシェンナ、バーントアンバー、ローアンバー、イエローオーカー(ライトウェイトメタルBOX)
バーントシェンナ、ローアンバー、イエローオーカー(ハーフパン 12色フィールドBOX)
バーントシェンナ、ローアンバー、イエローオーカー(ハーフパン 12色ブラックBOX)
Schmincke イエローオーカー、イングリッシュベネチアンレッド
SENNELIERバーントシェンナ

このようにアースカラーを2色以上入れているところが多いです。そして、ほとんどが同じ名前です。この共通した色はなんなのか調べてみました。

アースピグメント

上にあげたアースカラーの絵の具は、実際に昔は土から作られていました。現在は合成のものが使われますが、もともとの産地が名前に残っています。

イエローオーカー

オーカーは黄土色という意味です。土の成分の酸化鉄は昔から絵画に使用されてきました。現在ではイタリアやイギリス、フランスのものが使用されるそうです。また、合成の水和酸化鉄を使うこともあります。合成の方は透明度が落ちます。

ホルベイン:PY42、W&N:PY43、Schmincke:PY42/PY43、Daniel Smith:PY43

ローアンバー、バーントアンバー

アンバーは地名で、イタリアのウンブリア州のことです。二酸化マンガンを多く含み、黒ずんだ黄褐色をしています。これを焼くと水酸化第二鉄が酸化第二鉄になり、赤みが強くなります。これがバーントアンバーです。

ローアンバー ホルベイン:PBr7 PY42、W&N:PBr7、Schmincke:PBr7/PY43、Daniel Smith:PBr7

バーントアンバー ホルベイン:PBr7、W&N:PBr7 PR101 PY42、Schmincke:PBr7、Daniel Smith:PBr7

ローシェンナ、バーントシェンナ

シェンナもアンバー同様に地名で、イタリアのトスカーナ地方のシエナのことです。ここの土は黄土色で透明度が高く絵具として重宝されてきました。そして、この土も焼くと赤褐色となります。これがバーントシェンナです。現在はどちらも合成の酸化鉄で作られます。

ローシェンナ ホルベイン:PBr7 PY42、W&N:PY42 PR101、Schmincke:PBr7/PY43、Daniel Smith:PBr7

バーントシェンナ ホルベイン:PBr7、W&N:PR101、Schmincke:PR101 PBk9、Daniel Smith:PBr7

ベネチアンレッド

イタリアのヴェネト地方に由来。鉄を豊富に含み赤みが強い褐色です。

W&N:PR101、Schmincke:PR101、Daniel Smith:PR101

DANIEL SMITH のスケッチ用6色セット

セット内容

DANIEL SMITH は12色セットがなかったので、上の表には載せませんでした。ところで、DANIEL SMITH のスケッチ用セットは6色のうち2色、なんと3分の1がアースピグメントです。

  • Hansa Yellow Medium(PY 97)
  • Quinacridone Rose(PV 19)
  • Ultramarine Blue(PB 29)
  • Cerulean Blue Chromium(PB 36)
  • Monte Amiata Natural Sienna(PBr 7)
  • Transparent Red Oxide(PR 101)

セットの6色の理由

このパレットの考案者はオーストラリアの有名なアーバンスケッチャーである Liz Steel さんです。彼女は以前にブログでスケッチ用の6色パレットについての記事を書いており、どのようにこの6色を選んだかを書いています。

The idea behind this selection is

– a vibrant lightfast transparent primary triad

– burnt sienna to relieve some of the mixing for earth colours and grey (colours I use a lot)

– two additional very useful colours that form an ‘earth’ triad. Cerulean Blue and a Raw Sienna.

https://www.lizsteel.com/my-recommended-very-basic-watercolour/

ここで、2つ目の理由に注目してみました。

バーントシェンナとウルトラマリンブルーで灰色を作る

街中を描くとき、灰色を使うところが多いと思います。バーントシェンナとウルトラマリンブルーを混ぜると、赤みがかかった灰色から青みがかった灰色まで、魅力的な灰色を作れることが知られています。

試しに手元にある Schmincke HORADAM のバーントシェンナ(PR101、PBk9)とウルトラマリンファイネスト(PB29)を混色してみたのが下の画像です。あとで気がついたのですが、Schmincke HORADAM はバーントアンバーが PBr7 でした。そちらの方がピグメントとしては一般的なバーントシェンナに近いかもしれませんが、カタログを見る限り赤みが弱いので微妙かもしれません(未所持のため試せていません)。

Schmincke HORADAM の バーントシェンナとウルトラマリンファイネストの混色

ベラスケスパレット

Limited palette の元祖?

バーントシェンナとウルトラマリンブルーの組み合わせについて調べているうちに、これにアースピグメントであるイエローオーカーを足した組み合わせがベラスケスパレットと呼ばれていることを知りました。ベラスケスは17世紀を代表する巨匠、スペインの宮廷画家です。彼は17世紀はじめに手に入った限られた絵の具で、色、光、空間、線のリズム、および質量を描きました。このパレットは彼にちなんで名付けられましたが、ベラスケスに特有のものではなく、もっと以前から使われていたようです。

初心者向けパレット

ベラスケスパレットは初心者にうってつけだそうです。使う色を限定しているので、どの色を使えばいいか悩まずにすみます。色の相性がいいことはわかっているので安心して混色でき、ヴァリューに注意して作品を作ることができます。

手元にある色で擬似ベラスケスパレットを作ってみました。Shmincke HORADAM はバーントアンバーが PBr7 なので、あるならバーントシェンナのかわりにそちらを使っても良いかもしれません。

Schmincke での擬似ベラスケスパレットとそれぞれの混色

おわりに

アースピグメントとベラスケスパレットについて調べてみました。複数のアースカラーがセットに含まれることが不思議だったのですが、バーントシェンナが混色で灰色を作るのに使えることと、ベラスケスパレットの存在を知って納得しました。その一方で、同じ名前の色でもメーカーによって使っている顔料がけっこう異なっていて頭を抱えました。ネット上には Daniel Smith の情報が多いので、欲しくなってしまいました。

すこしごちゃごちゃしてしまいましたが、前回の記事の六原色(Split-primary six-color palette)とあわせて、私みたいな初心者さんの色選びの参考になれば幸いです。

各メーカーの12色セットについてはメーカーの公式ウェブサイトや画材の通販サイトで調べました。

アースピグメントについては下記の本ならびにウェブで公開されているPDF、各メーカーのウェブサイトを参考にしました。


ウィンザー&ニュートン プロフェッショナルウォーターカラー 全色ストーリー(PDF)

ベラスケスパレットについては下記の本とウェブページを参考にしました。

『Watercolor Artist’s Guide to Exceptional Color 』Jan Hart 著

velázquez palette


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